夢は「形」を変えて、50代後半から叶う
──少年の夢から、存在の問いへ──
一 子供の頃、何になりたかったか
再就職支援の講習で、私はときどきこんな問いかけをする。
「子供の頃、何になりたかったか、覚えていますか。」
会場の空気が少し変わる。五〇代後半の隊員たちが、ふと遠い目をする。野球選手、宇宙飛行士、カーレーサー、仮面ライダー。そんな言葉が、苦笑いとともに口から出てくる。
「五〇代の再就職で野球選手になれますか?」と問えば、誰もが首を振る。もちろんそうだ。
しかし私は、そこで話を終えるつもりはない。問いたいのは「職業」ではなく、「存在」だからだ。
二 職業の夢と、存在の夢
子供の頃の夢は、多くの場合「職業」の形をとっている。しかしよく考えてみると、その奥には「存在への願望」が潜んでいる。
野球選手になりたかった少年は、本当は何を求めていたのだろう。
注目を浴びる存在になりたかったのか。一流と呼ばれる存在になりたかったのか。大金を稼ぐ存在になりたかったのか。子供たちから憧れられる存在になりたかったのか。あるいは、人々に夢を与える存在になりたかったのか。
これらはどれも「野球選手」という職業そのものではなく、その職業を通じて実現しようとしていた「自分のあり方」だ。
そして重要なことは、「存在」の夢は、職業が変わっても叶えられる、という事実だ。
三 自衛官という人生が育てたもの
五〇代後半で定年退職を迎える自衛官は、20代で入隊し、30年以上を国防の任務に捧げてきた人々だ。
その歳月の中で、何が育ったか。
命が関わる場面での決断力。チームが機能しなくなりそうなとき、それを立て直すリーダーシップ。部下一人ひとりの状態を見取りながら組織全体を動かす力。危機において冷静さを保ち、最悪の事態を想定しながら最善を尽くす姿勢。
これらは、「野球選手」という夢が育てたものではないかもしれない。しかし、これらの力の根底にある「どんな存在になりたいか」という問いは、子供の頃の夢と繋がっているかもしれない。
注目される立場で人を動かしたかった。一流と認められる仕事がしたかった。誰かの人生に影響を与えたかった。そうした願望が、自衛官という職業を選ばせ、その中での行動を形作ってきたとすれば、夢は既に別の形で叶い続けていたのではないか。
四 五〇代後半に開かれている可能性
定年退職は、夢の終わりではない。夢を別の形で叶える、新しい舞台の始まりだ。
「注目を浴びる存在になる」という夢があるなら、防衛・安全保障コメンテーターとしてメディアで語る道がある。リーダーシップ・危機管理・組織マネジメントの分野で、講演家として企業研修の壇上に立つ道がある。自衛隊という特殊な経験を持つ人間にしか語れないことが、確かにある。
「一流と言われる存在になる」という夢があるなら、外資系コンサルや大手企業で人的資本・危機管理の専門家として活躍する道がある。大学や研究機関で安全保障・危機管理教育の権威となる道もある。
「子供たちから憧れられる存在になる」という夢があるなら、小中高向けの平和学習の講師として活動する道がある。子どもの心を掴むテーマで、次世代に何かを手渡す仕事は、深い充実感をもたらす。
「人々に夢を与える存在になる」という夢があるなら、第二の人生の指導者として、シニアに希望を与えるキャリア教育講師という道がある。自分が歩んできた道そのものが、誰かの希望になる。
これらは理想論ではない。実際に、こうした形で第二のキャリアを切り拓いている元自衛官は存在する。
五 夢の「器」は変わっても、夢の「中身」は変わらない
私自身のことを話せば、20代の頃、研究者になることを考えていた時期がある。好きな研究に没頭して、新しいものを創り出して、人から感謝される存在になりたかったからだ。
研究者にはならなかった。しかし今、自衛官としての経験と各種の学びをブレンドして、自衛官のためのキャリア支援プログラムを開発し、それを届けることで感謝される存在になろうとしている。
夢の「器」は変わった。研究者から、支援者へ。しかし夢の「中身」、すなわち「好きなことに没頭し、新しいものを創り出し、人に感謝される存在になりたい」という願いは、変わっていない。
これが、私が「夢は形を変えて叶う」と信じる理由だ。
六 問いかけに戻る
子供の頃、何になりたかったか。
その夢の奥に、あなたが求めていた「存在のあり方」が眠っている。
職業としての夢は、もう叶わないかもしれない。しかし存在としての夢は、形を変えて、今からでも叶えることができる。
五〇代後半という年齢は、遅すぎることはない。むしろ、30年以上の経験という「武器」を持ってからこそ、存在の夢を本当の意味で実現できる年齢だとも言える。
あなたの夢は何だったか。その夢を通じて、どんな「存在」になりたかったのか。
その問いと向き合うことが、五〇代後半からの人生を豊かにする第一歩だと、私は信じている。